후리가나로 읽는 일본 고전
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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면
又他の例を採れば、今度は反対に考えられて、物的世界では本当のアクチュアリティーは見出せない、その根柢は純粋な意識の中に(例えば直覚の中に)横たわるというのだ。実際性(アクチュアリティー)という観念を、之等の哲学のように勝手に形而上学的に蒸溜して使う限り、折角の実際性という範疇も、凡そ日常生活とは無縁な反対なものにさえなって了う。――一体「哲学化」された(実は形而上学化された)範疇位、事物の本質をあらぬ処へ持って行って了うものはない。その弊害は文学化された範疇使用法以上かも知れない。
だが実際さということはもっと実際的に考えられて然るべきだ。例えば最近、満州で関東庁の警察官と領事館の検事との間に対立と決裂が発生したという事件があるが、こうした事件は哲学的(?)には、即ち形而上学的原則に関わる限りは、全く問題にならなくてもいいかも知れない。処が之こそ見遁すことの出来ぬ大事な時事問題で実際問題なのだ。吾々の日常生活の問題はこうした時事問題乃至実際問題を抜きにしては、殆んど全く無内容になる、という平凡な一つの事実を、哲学も文学も、もっと正直に考えなくてはならないのである。