일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

で専門的な哲学法の技術は、哲学史の正確な知識を離れては存在し得ないから、哲学史に通じているかいないかが、少なくとも哲学専門家であるかないかの最も大きい区別の標準の一つになる。――処が又哲学史の知識は哲学史や哲学概論という名を持った本をいくら読んでも具体的には得られないので、哲学者の書き残した権威あるテキストに直接触れて之を理解しなくてはならないのである。

で、こうやって哲学は専門化されるのだが、併し依然として大切なのは、その元来の常識的な本性である。この専門は、再び常識界にまで還らなければならぬ。というのは、常識界にこそ本当に哲学的に解決されることを必要とする、哲学の問題があるのだから。哲学の問題は、或る意味に於て、常に時事問題・評論的問題である。「実際問題」を解き得ない哲学は遂に何等の哲学でもない。それで、哲学法の第三の条件は、如何にして大きい深い活きた問題を捉えるかということにある。哲学者はここで初めて、思想家となるのである。哲学者が文学的特色を持つ所以である。哲学の専門の教授などには哲学技術は持っているが思想は全く持ち得ない人が少なくない。