일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

雄弁術のセンチメンタルなスタイルと同じに、こうした文章は却って論文の科学的価値を引下げる。――併し同時に、科学的価値が一応高いものでも、その文学的水準の低い場合には、それだけその科学者の科学上の仕事一般の信用を低下させることも亦本当である。本当に文章の下手な科学者は、単に文章が下手なばかりでなく、恐らく、自分自身の科学上の成果に就いてさえ、見当違いな世界常識に基いてその解釈を敷衍するような科学者だろうからである。で、文章の意義は、云い表わそうとする事物関係乃至思想を、文章自身を意識させることなくして叙述し去るという処にある、と云ってもいい位いで、自然科学などになれば、この特色の必要は可なりハッキリして来ると思う。文章は云わば媒質のようなもので、エーテルに類するものなのである。気がつかれないように読まれる文章が本当の文章というものである。無論それには、読者を圧するような重い論議内容がなくてはならぬのだが。

さて、そこでまず第一に、文章は或る一定の意味に於て平明でなくてはならぬ。ムツかしいということはそれ自身決して文章の名誉ではない。併し学術論文は研究の発表であろうと評論であろうと、いつも或る一定の予備知識の水準を仮定しているのであって、この水準に達していない読者にとっては、どのような学術論文も必ずムツかしい