일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

――単に直覚的な連続だけで読ませる文章は、たしかに平易に尤もらしく見えるだろうが、そこには何等の論証に類するものもないので、有態に云うと少しも新しい積極的な知識の開拓にはならぬ。ただ、既知の常識を上塗りして呉れるので、いつか読者は自分が説得されたような気がするのであり、それで好く判ったというような錯覚を受け取るに過ぎないのである。こういうことが実は例の作文の一つの特色でもあったのである。低級な読者は自分がすでに知っていることにしか感心しないのだ。

こうした例は、未熟な術語や又却って使い古された熟語を用いる場合によく現われる。特に漢文調の熟語や術語がそういう場合の役に立っているように見える。元来漢文調自身がそうだが、漢文調のヴォカビュラリーは、一方形象文字に特有な審美的連想を持つことによって、甚だ直覚的なアッピールを有っているものだが、他方、更に之に加えて吾々日本人の日常生活の必要事項を取り上げながら育って来たという歴史を夫が持っていないために、衒学者風に上ずった使い方がその習慣になっている。だから之によって文章自身は非常に調子良く滑かに進むのではあるが、従って却ってその文章はその取り扱う事物関係なり思想なりを、極めて皮相に片づけて了うことにもなる。