일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

彼等は概念とは全く別な何物かを欲している。そこで例の自由な表象の方が採択されるというわけなのである。概念は死んでいる、之に反して表象(観念)は生きている、表象(観念)は自由だが概念は不自由だ、と彼等は云うのだ。

併しもっと悪いことは、単に概念を斥けて表象を歓迎するだけではなく、概念の代りに表象を動員しようとしたり、概念と表象とを一緒くたにして混成チームを造り上げたりすることだ。科学的理論の代りに妄想の体系をでっち上げたり、理論的分析の中に、平気で詩的文学的な観念連合の一鎖をはめ込んだりするのである。科学的概念で分析する代りに文学的表象で科学的結論を出そうとしたり、科学的概念で或る程度まで行くと、それから先は、何の云いわけもなしに、急に文学的表象へ話しを切りかえて了ったりする。――今日の形而上学(ベルグソン、ニーチェ、キールケゴール、西田哲学、其の他其の他)がなぜあんなに文学的な美しさを持っているか、そしてなぜ、にもかかわらず信用出来ないかは、今のこのやり口からよく説明がつく。之は論理上の文学主義とも云うべきもので、概念の代りに表象を愛するというあの人間的偏愛の上に成り立つ処のものだ。