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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
四
番士たちのあいだに、ほんの一瞬ではあるが、かすかな動揺の起こるのが認められた。しかしすぐに、一人の男が一歩前へ進み出た。
「岡村七郎兵衛です」と云って彼は歯をみせた、「お忘れですか」
隼人はほうといったが、彼の問いには答えずに、次の番士へ眼をやった。次の者は小野大九郎、また乾藤吉郎、松木久之助、そして最後の一人が西沢半四郎となのった。
隼人はそこで初めの一人に振返り、「久しぶりだな岡村」と云った、「おまえのことはふしぎに忘れていた、はあ、こんなところへ来ていたのか」
四
ぎあまんのように冷たく、澄み透った山の空気が、きびしく五躰にしみとおり、あらゆる筋肉をこころよく緊張させた。東の空の低い棚雲のふちが、橙色を帯びた金色に光り、その反映で、大仏岳の頂上の岩肌がほの明るく浮き彫りになった。頂上の北側に、如来ノ峰というのがそびえている。頂上より六七十尺も高く、瘤のように突き出ている岩塊であるが、そちらは北風が吹きつけるのと日蔭の部分が多いために、まだかなり雪が残っていた。
いま隼人の立っているところは、大仏岳の頂上を一段ばかり北西へおりた庇岩の上で、そこが国境であり、また隣藩との境でもあった。