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つばくろ

つばくろ

山本 周五郎

「講談倶楽部 秋の大増刊」大日本雄弁会講談社、1950(昭和25)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,987 字 · 44 页

青空文庫

彼の言葉は会うたびに激しくなるばかりだった。

――もう貴女なしには生きてはゆけない、生きてゆきたくもない、どうか私のところへ来て下さい、紀平さんは身分もよし裕福で、あんな可愛い子供まである、紀平さんにとっては貴女が全部ではない、しかし私には貴女が全部だ、貴女に別れるくらいなら私は死ぬことを選ぶ、私のところへ来て下さい、貴女にはこの気持がわかる筈だ、どうか私をこれ以上不幸にしないで下さい。

おいちには彼を突き放すことができなかった。現在の満ち足りた生活が、彼に対して罪であるかのように思えた。

「あの方がどんなにお可哀そうか、わたくしにはよくわかりますの、わたくしも小さいときから苦労してまいりました、世の中の冷たさ、人々の無情さ、……苦しい辛い日々、云いようのない貧しさ、……おいちはそういうなかで育ちました、あの方を慰さめてあげ、あの方の支えになってあげられる者は、わたくしのほかにはございません、ほかには一人もいないのでございます」

おいちはこう云って、袂をきりきりと噛んで、声をころして泣きいった。高雄は眼をつむっていた。怒りは消えたが、怒りよりも耐え難い悲しさ、絶望といってもよいほどの悲しさが、彼の全身をひたし、呼吸を圧迫した。