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ひやめしものがたり

ひやめし物語

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1947(昭和22)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,861 字 · 31 页

青空文庫

そして三十日ほどするうちに、そんなこともいつか記憶の底へ沈み去ってしまった。翌月の末になって、長兄は本当に小遣を増してくれた、然も三月分を纒めて呉れたのである。

「これからずっとこうするよ、そのほうが遣いみちもあるだろう」又左衛門はそう云った、「けれども遣ってしまうと三月めが来るまでは出さないぜ、前借はお断りだよ」

「たいてい大丈夫です、いただきます」

大四郎はちょっとわくわくした、額にすればたいしたことではないが、そういうように纒まった金を自分のものにした経験がない、それだけあれば安心して物も買えようし、また望むならちょいとした贅沢くらいはできそうだ、そして彼は初めて遊興ということを考えた。

「ひとつ豪遊をしてやろう」

彦三町の地端れに「河重」という料亭がある、浅野川に望んだ野庭づくりの風雅な家で、富裕な藩士の宴席などによく使われる、ゆうべは河重でね、などと云うことが若い仲間にはみえの一つになるくらい、ふつうではちょっと近づきにくい場所だった。どうせ遊ぶなら詰らない処の五たびより河重で一どのほうがいい、大四郎はこう考え、或る日ちゃんと着替えをしてでかけていった。