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ひやめしものがたり

ひやめし物語

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1947(昭和22)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,861 字 · 31 页

青空文庫

五

昼だったので客も少なく、障子襖の明けはなしてある座敷には初夏の微風が吹き通っていた。若木の杉や楢の樹立に萩芒をあしらっただけの、なんの気取りもない庭の端れに、浅野川が藍青の布を延べたように迂曲して流れている。風はその川からまっすぐに若草の原をわたり樹立をそよがせて、その座敷まで清すがしい瀬音を送って来た。

「お腰掛けでございますか、御昼食でございますか」

「酒を飲みたいんだがねえ」大四郎は正直にこう云った、「こういう家のしきたりをなんにも知らないんだ、どういう料理ができるのか、ひとつなにかに書いて来て貰えますか」

五

廊下を隔てた小座敷のほうに、身装の卑しからぬ初老の武士がひとり、静かに独酌で飲んでいた。大四郎は気がつかなかったけれど、こちらは彼が案内されて来たときから時おり横眼で見ていた。初めは咎めるような、冷たいまなざしであったが、大四郎の容子が気にいったものかだんだん和やかな色を帯び、「こういう家のしきたりをなんにも知らないから」と云うのを聞くと、唇の隅に微笑を浮べさえした。

「これは鯉のあらいというんだね」向うでは大四郎が、女中の持って来た書出しを見ながらこんなことを云っていた、「芽たでというのはつまか、ではまずこれを貰おう」