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ひやめしものがたり

ひやめし物語

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1947(昭和22)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,861 字 · 31 页

青空文庫

七

七

大四郎は酔いが醒めてしまった。豪遊まではよかったが、差引をすると三月分の小遣が消えたうえに肌付の金まで欠けてしまった。

「うっかり拾い物もできやしない、届けてやってこっちの金を出すなんていい面の皮だ」そう呟きながら彼はふと首を傾げた、「いい面の皮……いい面の皮とはなんだ」

こんな場合にはよくそういうことを云う、いい面の皮鯉の滝登り、などとも云う、今つい知らず彼も口にしたが、考えてみると、どういうところから来た言葉かちょっとわからない、はてどういうわけだろうと、首を捻るうちに、暢気の徳で中川邸の事は、さっぱり頭から拭い去られてしまった。

家へ帰って自分の部屋へゆこうとすると、嫂に呼止められた。来客だという、兄が客間で相手をしているそうなので客間へいった、見ると平松吉之助といって、藩校で机を並べたことのある友人だった、向うが奥小姓にあがって正経文庫に勤めだしてから、殆んど往来が絶えていたのである。……彼にひきついで兄が去り、挨拶が済むとすぐ、吉之助は、「蔵書を見せて貰いたい」と云いだした。

「だいぶ奇覯書があるというじゃないか」

「冗談じゃない、蔵書などと云われては恥をかく、好きで集めたがらくたが少しあるだけで、人に見せるようなものはありはしないよ」