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ひやめしものがたり

ひやめし物語

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1947(昭和22)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,861 字 · 31 页

青空文庫

八

「なにか菓子も頼みますよ、御中老の中川八郎兵衛殿ですからね」

「堤町のかえ」椙女は眼を瞠った、「本当かえ大四郎、それならどうしてまあ早くそう云わないんですか」

「なに騒ぐことはないんです、訳はあとで話しますよ」

茶と菓子を持って、母親が挨拶に出た。八郎兵衛は、椙女を暫くひきとめて話した。読者諸君にはおわかりだろう、老人は家庭のようすを見に来たのである、そして半刻ばかりとりとめのない話をして帰った。……諦めていた金が戻ったので気を好くした彼は、その午後、書上げたものを吉之助の家へ届けたあと、たいそうおおような気持で古本あさりに廻った。夜の食膳は、母が話しだした紙入の話で賑わった。

「両方とも豪傑だな」兄はこう云って笑った、「然し四郎はそれだけ出して、あとをどうする積りだったのかね」

「どうする積りがあるもんですか、いい面の皮だと思っただけですよ、ああそれで思いだしたけれど、いい面の皮ってどういうところからきたんですかね、兄さん」

八

「いい面の皮鯉の滝登りか」又左衛門は妻に茶を注がせながら云った、「それはおまえ落ちて来る滝を逆に登るくらいだから、鯉の顔はすばらしく丈夫なんだろう、よっぽどいい面の皮だろうというわけじゃないか」