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へちまのき
へちまの木
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1966(昭和41)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,120 字 · 58 页
「あっしをお呼びですか」
「ああ、おまえさんかい、この店の旦那で板前さんてえのは」
「ええ、あっしがこの店のあるじで板前をしています」
「じゃあこの刺身をたべてみてくれ」
「なにかお気に入りませんか」
「たべてみろよ」と男は刺身皿を押しやった、「おめえも庖丁を握るしょうばいなら、庖丁をどう使うかぐらいは知ってるだろう、まあたべてみろよ、かなっ臭えから」
旦那はどきっとしたようであった。男は右の肱を飯台に突き、頬杖をしながら、そのよく動く眼をぎろりと光らせた。
「おまえさんは研いだまんまの庖丁を使った」と男はねっちりした口ぶりで云った、「研いだ庖丁は水で晒しあげてから使うものだろう、水で晒さずに使えばかなっけが付く、そのくれえなことを知らねえ筈はねえと思うんだが、どうだい」
「相済みません、親方」あるじは片襷を外しておじぎをした、「人手がねえもんで、ついぞろっぺえなことを致しまして」
「ちょっと待った」と男は遮って云った、「人手がなくって客にかなっ臭え刺身を食わせるくれえなら、店を閉めたらどうだ」
おいでなすったな、と房二郎は思った。
「おらあな、馬喰町の文華堂っていう瓦版屋の、木内桜谷ってえ者だ」