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へちまのき

へちまの木

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1966(昭和41)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,120 字 · 58 页

青空文庫

人によって好みはあるが、四番めに刺身というのは珍らしい、そんなことを知らない男とは見えないし、とすれば、ことによるとなにかあるな、と房二郎は直感した。その直感は外れなかった。脇の飯台で飲んでいた二人が、勘定を払って出てゆくとすぐ、刺身を二三片たべた前の男が、大きな声で小女を呼んだ。

「そこのおちょぼ」と男は云った、「ちょっと板前を呼んでくれ」

「あたしの名はおつまっていうです」とその小女は云った、「なんの用ですか」

「板前を呼んで来いと云ってるんだ」

「旦那はいそがしくって、いま手が放せねえです、用はなんですか」

「旦那なんて誰が云った、板前だよ、板前」と男は云った、「この刺身を作った板前を呼べと云ってるんだ」

「それが旦那です、うちじゃ焼くのも煮るのも、刺身を作るのもみんな旦那さんがやるです、なんの用ですか」

「その旦那を呼べっていう用さ、おっと」男は片手をあげた、「いそがしくって手が放せねえとは云わせねえぞ、客はおれとこちらの二人っきりだからな、わかったか」

小さな店だから、男の声は板場へ筒抜けである。小女がゆくまでもなく、片襷をした四十がらみの男がこっちへ出て来た。