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へちまのき

へちまの木

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1966(昭和41)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,120 字 · 58 页

青空文庫

と房二郎が云った、「なんだか悲しくなってきちゃった」

「出よう」と木内が云った、「勘定をしてくれ」

「勘定はこっちだ」と房二郎が云った。

「だめだよう」女は木内を押し倒した、「あたしをくどいといて、なにさ」と女は木内の上に馬乗りになった、「今夜は寝かさないからね、帰るなんてったって帰しやしないよ」

そして女は、木内の頬に吸いついた。

――かなしいな、生きるということはこんなにかなしいものなんだな。

その店を出て、あるきながら房二郎はそう思った。女は木内を心から好いているようではなかった。けれども、しがみついたり、抱き緊めたり、頬に吸いついたりするしぐさには、単にしょうばいだけでないなにかがあった。

――迷子だな、あの女も迷子だ、なにか自分の生きるすべを捜している、迷子だ。

房二郎は声をあげて泣きたいような衝動にかられた。

「あのちょび髭の、ぼけなす野郎」と木内が云った、「ぶち殺してやればよかった」

「木内さんは充分にやったよ」と房二郎は云った、「あんな人間は、一寸刻みにしたって痛いとは思やあしねえ、あれで充分だ、あれ以上やればこっちの手に繩がかかるだけで、相手はへとも思やあしねえさ」