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パノラマとうきだん

パノラマ島綺譚

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1926(大正15)年10月~1927(昭和2)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 78,920 字 · 153 页

青空文庫

「オイ君、あの池の側にボンヤリ立っている男は、一体誰なのだ。一向見覚えのない男だが」

彼は最初その男を、花園の湯の池のほとりに見出しました。そして、側に侍っていた一人の詩人にこう尋ねたのです。

「御主人は御見忘れになりましたか」詩人が答えて云うのには、「あれは私共と同じ様な文学者なのです。二度目に御傭いなすった内の一人なのです。この間暫く国へ帰ったとかで、見かけなかった様ですが、多分今日の便船で帰って来たのではありますまいか」

「アア、そうだったか。そして、名前は何というのだ」

「北見小五郎とか申しました」

「北見小五郎、私は一向思い出せないが」

その男が不思議に記憶に残っていないことも、何かの凶兆ではなかったのでしょうか。それからというもの、廣介はどこにいても、北見小五郎という文学者の目を感じました。花園の花の中から、湯の池の湯気の向うから、機械の国ではシリンダーの蔭から、彫像の園では群像の隙間から、森の中の大樹の木蔭から、彼はいつでも廣介の一挙一動を見つめている様に思われました。

そしてある日のこと、かの島の中央の大円柱の蔭で、廣介は余りのことに、遂にその男を捉えたのでした。