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パノラマとうきだん

パノラマ島綺譚

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1926(大正15)年10月~1927(昭和2)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 78,920 字 · 153 页

青空文庫

十三

十三

併しながら、あらゆる難関を切抜けて凡ての人々を緘黙せしめた所の、菰田家の巨万の富も、ただ一人、千代子の愛情の前には、何の力をも持ちませんでした。仮令彼女の里方は廣介の常套手段によって、懐柔せられたとしても、彼女自身の遣り場のない悲しみは、どう慰めようすべもないのでありました。

彼女は、蘇生以来の、夫の気質の不思議な変り方を、この謎の様な事実を、解くすべもなくて、ただ告げる人もない悲しみを、じっとこらえている外はありませんでした。

夫の暴挙によって、菰田家の財政が危険に瀕していることも、無論気がかりでありましたけれど、彼女にしては、そんな物質上の事柄よりは、ただもう、彼女から離れて了った夫の愛情を、どうすれば取戻すことが出来るか、何故なれば、あの出来事を境にして、それまではあれ程烈しかった夫の愛情が、突然、人の変った様にさめ切って了ったのであろう。と、それのみを、夜となく昼となく思い続けるのでありました。

「あの方が、私を御覧なさる目の中には、ぞっとする様な光が感じられる。けれど、あれは決して私をお憎しみになっている目ではない。それどころか、私はあの目の中に、これまではついぞ見なかった、初恋の様に純粋な愛情をさえ感じることが出来るのだ。