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パノラマとうきだん

パノラマ島綺譚

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1926(大正15)年10月~1927(昭和2)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 78,920 字 · 153 页

青空文庫

音を立てない様に何かにすがって飛び込むこと、スクリュウに捲き込まれない用心をすること、この二つの点は、彼がもう何度となく考えて置いたことでした。それには、船が水道を通る時、方向転換の為に速度をゆるめた際が最も好都合なのです。そして、その時が又、陸にも一番近いのです。で、彼は舷の何かの綱にすがって、いつでも飛び込める用意をしながら、その方向転換の好機を、今か今かと待ち構えました。

不思議なことには、この激情的な場合にも拘らず、彼の心はいとも冷静に静まり返っていました。尤も、進行中の船から海に飛び込んで、対岸に泳ぎつくことは、別段罪悪というではありませんし、それに距離も短く、泳ぎの方の自信もあり、大した危険のないことは分っていたのですけれど、といって、それがやっぱり彼の大陰謀の一つの予備行為であって見れば、彼の気質として不安を感じないでいられよう筈がないのでした。それにも拘らず、かくも冷静に、落ちつき払って行動することが出来たのは、何とも不思議と云わねばなりません。彼は後になって、計画に着手して以来、一日毎に大胆にふてぶてしくなって行った、彼自身の心持をふり返り、そのはげしい変化に、非常な驚きを味ったことですが、彼がそうして舷にとりすがった時の心持が、恐らくその手始めであったのかも知れません。