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パノラマとうきだん

パノラマ島綺譚

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1926(大正15)年10月~1927(昭和2)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 78,920 字 · 153 页

青空文庫

少くとも、千代子は、この始めての経験によって、生れて以来嘗て味ったことのない、夢幻世界の美に接した様に感じたのです。闇の彼方から、何か巨大なものの気勢がして、二つの燐光が薄れると共に、徐々に電光の中に姿を現した、縞目鮮かな旗立鯛の雄姿に接した時などは、彼女は思わず感嘆の声を放って、恐怖と歓喜の余り、青ざめて夫の袖にすがりついた程でした。

青白く光った、豊満な菱形の体躯に、旭日旗の線条の様に、太く横ざまに、二刷子、鮮かな黒褐色の縞目、それが電燈に映って、殆ど金色に輝いているのです。妖婦の様に隈取った、大きな目、突き出た脣、そして、背鰭の一本が、戦国時代の武将の甲の飾り物に似て、目覚ましく伸びているのです。それが大きく身体をうねらせて、ガラス板に近づき、向きを換えて、ガラス板に沿って、それとすれずれに、彼女の目の前に泳ぎ始めた時、彼女は再び感嘆の叫びを上げないではいられませんでした。それがカンヴァスの上の、画家の創作になる図案ではなくて、一匹の生物であることが、彼女にとって驚異だったのです。場所が場所であり、不気味な海草と蒼黒く淀んだ水を背景にして、おぼろなる電燈の光によってそれを眺めたのです。