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ヨブきこうえん
ヨブ記講演
内村 鑑三
丸の内の大日本私立衛生会館における内村聖書研究会においてのヨブ記講義、1920(大正9)年4月25日~6月27日、9月12日~10月10日、10月24日、11月21日、12月19日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 92,828 字 · 185 页
しからざるものは comfort ではない。殊に天父より、主イエスよりこの力を供せられるのが、キリスト教的の「慰め」である。かくの如き力を供給する慰めが真の慰めである。ヨブの三友の慰めの如きは、むしろ力を奪うところの慰めであったのである。
◯六節―十七節において、ヨブはまた神に対して恨みの語を述べている。あるいは神を「彼」と呼びて「彼れ怒りて我を掻裂きかつ窘しめ、我に向いて歯を噛鳴らしわが敵となり目を鋭くして我を看る……彼は我を打敗りて破壊に破壊を加え、勇士のごとく我に奔せかかり給う」と恨み、あるいは神を「汝」と呼びて「汝わが宗族をことごとく荒せり、汝我れを皺らしめたり」と怨じている。その論法の不統一はかえって情感の熾烈を語るものである。実に六節―十七節の全体にわたる神に対する怨恨は、その語調とその感情と共に激越痛烈を極めている。しかしてヨブはその最後において「しかれどもわが手には不義あるなくわが祈祷は清し」と主張して、いぜんとして己の無罪を高調し、この罪なき彼を打つ神の杖の無情を怨んでいる。
◯この怨語を聴きたる三友は、ヨブを以て神を謗る不信の徒となしたのである。