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ヨブきこうえん

ヨブ記講演

内村 鑑三

丸の内の大日本私立衛生会館における内村聖書研究会においてのヨブ記講義、1920(大正9)年4月25日~6月27日、9月12日~10月10日、10月24日、11月21日、12月19日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 92,828 字 · 185 页

青空文庫

実に彼は健全なる路を経て大なる神を学びつつあった人である。

◯今日キリスト信徒が自然研究を遺却していたずらに新著新説に走り、変りやすき理論を以て自己を養わんとするは愚の骨頂である。雀の雌雄を知らず不如帰の無慈悲を悟らずして、新しき神学説を蝶々するも何ぞ。魚類の如き一として面白からぬはなく、鰻の如き最も不可解なる生物である。心を潜めて一小天然物を観よ、そこに神を知ること深きを加うるではないか。すべての天然物は我らに神の測りがたき穎智を教う。故に天然研究は神を信ずる者の娯楽であり、また責務である。ヨブの如きは熱心なる天然研究に依りて、信仰の養成をなしつつあったのである。勿論この研究のみにて人は救われるのではない。しかしこれ救の基礎とし準備として役立つことは疑ない。神の著わせし書物に二つある、甲は聖書、乙は自然界(全宇宙)である。両者を知りて初て神を知るにおいて全い。自然研究の効大なりといわねばならない。これを軽んずる時は造化の神をよく知ることは出来ない。神の探究と称していたずらに悩中に思索を繰返すは、労して効なき業である。むしろ神の作物について直接に神を学ぶべきである。