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かずえはいそがしい

主計は忙しい

山本 周五郎

「奇譚」1940(昭和15)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,315 字 · 37 页

青空文庫

「有難う、これでおれの面目が立つよ、しかし明日の式って、――なんだっけね」

「こころ細いのねえ、たまきのお輿入れじゃございませんか」

「お輿入れ、ああ嫁にゆくんだっけな、知ってるよ、なに忘れるものかきっと出るさ」彼は紙包を袂に入れて立ったが、「――ははあそれで源助が鯉を持って来たんだな、しかしまさか明日とは知らなかったぞ、来月ぐらいだと思っていたがね、本当かね」

「明日の夕方六時ですわ、もう二度と申上げませんから」

明日の六時と口のなかで繰返しながら、主計はそのまま顔を洗いに井戸端へ出ていった。とたんに会ったのが父の茂右衛門である、じろりと怖い眼でこっちを見、主計の挨拶を黙って受けてすれ違った。井戸端には兄の大学がいて提灯の光の下で裸の肌を拭いていたが、これも主計を見ると怖い眼をした。

「お早うございます、この半插はあいていますか」

「気をつけろよ」大学は低いけれども厳しい調子でこう云った、「――隠すことは顕われる、妙な噂が耳にはいるぞ」

「そんなことはありませんよ、噂なんてでたらめなもんです」

「気をつけろと云ってるんだ、でたらめであろうとなかろうといちど弘まった噂は消せるものじゃあない、そんな評判の立たぬように気をつけろと云うんだ」