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かずえはいそがしい
主計は忙しい
山本 周五郎
「奇譚」1940(昭和15)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,315 字 · 37 页
平之助は一種の表情でじっとこちらを見、ついで妙な笑いかたをした。
「それは、いってもいいが、しかし」
「先生のほうは後でおれからそう云おう、機嫌を直して海でも見て来るがいい」主計は劬るようにこう云い添えた、「――念のために云っておくが、いま先生はたいへん悲しそうにしていらしったぞ、本当に悲しそうな声でこう仰しゃった、……平之助は可哀そうだと」
「まさにそのとおりさ」まるで意味を穿きちがえた眼つきだった、「――おれは哀れな人間だよ、しかし……」
主計はあとを聞かずに立上った。
かくて飛切り別誂えの吉日である。朝のうち折江に、「武田が供に加わるから」と囁いて旅へ送り出し、日程どおり馳けまわるうち、弥一郎に木下家へ紋服を届けさせ、出稽古を終るとそのまま、いっさんに榎坂へと走せつけた。――既に日の昏れで、部屋には燈がはいっていた。小部屋へはいって届いていた物と着替える。木下の母堂はじめ見知らぬ人々が、狭い家の中をおちつきなく動きまわっている中から、正装した六郎兵衛が多少は衒れた恰好で現われ、突袖などしてみながら苦笑いをしてみせた。
「忘れずによく来たね、どうだこの姿は、おかげで馬子の衣裳だ」