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ふたつのみち

二つの途

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,102 字 · 104 页

青空文庫

彼はされるままに任した。いつまでも涙が止まらなかった。看護婦が戻って来ると、彼は涙を見られまいとして、蒲団の襟に顔を埋めた。

「私が代りましょうか。」と看護婦は云った。

「いいえ、まだよござんすわ。」と彼女は答えた。

然し、次の室に木下の足音がした時、彼女は俄にさする手を休めた。啓介は蒲団から顔を出して云った。

「もういい。」

襖をことこと叩く音がした。――木下は室にはいる前に、襖を軽く叩く習慣になっていた。信子は啓介の側を離れた。啓介は天井を眺めた。

木下ははいってくると、信子の方をちらと見やって、火鉢の横に坐った。

「どうだい?」

「相変らずだ。」

最初の言葉を交してしまうと、啓介は何故ともなく安心の情を覚えた。彼は、一瞬間前の狼狽えた自分自身を思い浮べた。それが恥かしくなった。木下の姿を眼の前に見ると、あらゆる気兼や狼狽や敵意や嫉視は消えてしまった。長い髪の毛、ゆったりした額、頬の滑かな面長の顔には少し短かすぎると思われる鼻、肩の張ったわりには細りとした上半身、平素見馴れた親しい友の姿は、彼の心を落付かして、一種の力強さをさえ与えた。

「この頃忙しそうだが、何かまた初めたのかい。