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しゅっけとそのでし

出家とその弟子

倉田 百三

「生命の川 第一巻第二号~第二巻第二号」1916(大正5)年11月16日~1917(大正6)年3月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 121,812 字 · 248 页

青空文庫

(ため息をつく。さえた柝の音がきこえてくる)あ、(耳をすます)庫裏で夕食を知らせる柝が鳴っている。(仏壇の前にくず折れる)あゝ心のなかから平和が去った。静けさが――あのしめやかに、落ちついた心はどこへ行ったのだろう。だれもいない本堂の、この経机の前にひざまずいて夕べごとの祈りをささげたとき、私のこころはどんなに平和であったろう。あの香炉から立ちのぼる焚きもののにおいのように、やわらかにかおっていた私のたましいはどうなったのだろう。小さな胸を抱くようにして私はその静けさを守っていた。(間)このごろの私のふつつかさ、こころはいつも乱れて飢えている。もう何日眠られぬ夜がつづくことだろう。朝夕のお勤めさえも乱れた心でおこたりがちになっている。たましいはまるで野ら犬のようにうろうろして落ちつかぬ。そうだ野ら犬のようだときょう松の家のお内儀があざけった。(身をふるわす)物ほしそうな顔をして、人目をおそれて裏口から忍び込もうとするものは、宿無し犬のようだと言った。おゝこの墨染めの衣を着て、顔を赤くして、おどおどと裏口に立っていたのだ。侮辱されてもなんとも得言わずに。