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なつむしあんどん
夏虫行燈
吉川 英治
「婦人倶楽部 別冊付録」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,200 字 · 37 页
宿怨の介錯人
一
聞くと、平四郎は不機嫌に、
『だれが届けて遣わせといったか。崖の下から呶鳴って、取りに来いと云ってやれと、吩咐けておいたではないか。――何で此方から持って行くような弱味がある。禄の高下はあるが、萩井家も武家なら、高安平四郎も武家だ。――ばかなッ』
と、珍らしく老婆を叱って、仆れるように、寝床へ横になってしまった。
宿怨の介錯人
一
詮議は、極秘の裡に行われているらしい。
萩井家でさえ、知らない様子なのである。
(もう後三日。――もう後二日)
と、平四郎は心のどこかで、朝夕、海野甚三郎の身に迫る死期を数えていた。
寝転んで、書を読んでいる間もふと、ニタリと、悪魔的な微笑みが自でに唇の辺へのぼってくる――
(俺は何も知らぬ間に、他人がしてくれた復讐だ。天の為す事だ。思えばよくしたもの……)
と、思う。
――琴の音は、毎夜聞えた。――音は澄んでいて、乱れていない。何う聞いても、清純な処女の指から転ぶ音であった。
『だが、思えば、可哀そうな』
と、平四郎もふと思わぬでもなかったが、強いて、自分の心を、残酷に持って、
(いや、当然だ。おれの苦しんで来たことに較べれば)