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なつむしあんどん
夏虫行燈
吉川 英治
「婦人倶楽部 別冊付録」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,200 字 · 37 页
三
『こらっ、誰に断って、這入って来たか』
馬之助が、がらりと、障子をあけて顔を出す途端に、
『冥途の草鞋銭。それっ』
ぴゅっん――と細い刃金でも唸るように刀が鳴った。馬之助の首はわずかに胴へ皮を余して、でんと、廊下へぶっ仆れた。
『――あッ』
仰天して、服部太蔵が逃げかける背へ、平四郎は跳びかかって、ぶんと、肩先へもう一つ入れた。
うーむと、服部太蔵は、仰向けにひっくり転った。然し彼の浴びたのはミネ打ちであって、単に、眼を眩したに過ぎないらしい。
平四郎は、太蔵の体を、横抱きにして、元の庫裡から、何処ともなく、出て行った。
――然し、それから後、間もなく、彼の姿は再び、本堂の前に現われた。そして、正面の階段に、腰をおろして、白い北斗のまたたきを、無言で見つめながら、何ものかを心待ちに待ち構えているふうであった。
三
『――おうっ、彼れに、人影が』
今、此の寺の石段を喘ぎ登って来た男女は、一歩、山門を這入るとすぐ、そう云って、ぎくと足を竦め合った。
いう迄もなく、お小夜と、海野甚三郎のふたり。
白く、冴え切ったお小夜の決死の顔に反して、甚三郎の方は、むしろ土気いろに、体も硬ばり、どこか微かに顫えていた。