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なつむしあんどん

夏虫行燈

吉川 英治

「婦人倶楽部 別冊付録」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,200 字 · 37 页

青空文庫

水装束

一

『あ、もし。……暫く』

『何ぞまだ……?』

『お願いがござります』

『仰っしゃってみるがいい』

『余の儀ではありませぬが、介錯人が、腕に聞えのある高安平四郎とあれば、私も身躾みして、立派に死にたいと存じます』

『いや、尤もなおことば』

『就ては、甚だ恐れ入るが、妻の許まで、使を走せて、水装束を取寄せたいと存じますが、お許し下さいましょうか』

『はて、其許に、妻がござったか』

『萩井十太夫殿の娘小夜は、十太夫殿の御病気のため、挙式は取り遅れましたなれど、自分の云い交した妻に相違ございませぬ。――その小夜の許まで、誰方かお使を願いたいのです』

『自分の一存では計らいかねる。お待ち下さい』

と、与四郎兵衛は退がった。

水装束

一

『お城からお使でござりまする』

半、顫え声で、取次の者は、閾の外から告げた。

仄暗い彼女の部屋は、萩戸と目の細かい絵簾に囲まれながらも、冷ややかな香のけむりと、密やかな嗚咽を今朝から閉じこめていた。

『……はい、何ですか』

人の気配に、お小夜は、強いてきっとした声で振向いた。

『御城内から、使の者が見えて、甚三郎様の水装束を取りに参りましたが』

水装束――云う迄もない死装束――彼女はぎくっとしたが、猶、落着きを失うまいと努めながら、