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なつむしあんどん

夏虫行燈

吉川 英治

「婦人倶楽部 別冊付録」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,200 字 · 37 页

青空文庫

二

『風に舞って来たとはいえ、これ見よがしな贅沢衣裳、取り込んで置くには及ばん。崖の下から呶鳴って、萩井家の者に、取りに来いと云え』

庭へ捨てられた裾模様へ、もう白い雨の線が、斜めに降りかけていた。

その間にも、雷鳴は、絶え間なく鳴りはためいて――

二

甲府の御番城は、平城だった。

城主はない。

幕府から支配役をいいつかって、御城番として松野豊後守、加役として宮崎若狭守――何っちも千五百石程度の旗本が、甲府在住で、これを守っているのだった。

『やあ、お出合御苦労』

『よいあんばいに、大した事もないらしいな』

詰め合った番衆たちは、持場持場で、そう云い合った。

陽暮れ方――雲は切れて、笛吹川の上流の空は、淡い虹さえ見せた。

『これだから、夏中は非番の日でも、落々休んじゃ居られぬよ』

『拙者も、きょうは大丈夫と、釜無川の瀬へ、鮠を釣りに出かけて居ったところ――あの雷鳴だ』

『――が、まあ無事でよかった。休みはまだ三、四日あるし』

ふだんは二日詰の一日休みであったが、この土用中は、交代に七日ずつの賜暇をもらっていた。

空を見さだめて、非番の者たちは、夕虹の下を帰って行ったが、平四郎は、宿直部屋の同僚と話しているうちに、将棋が初まったので、つい燈火を見てしまった。