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なつむしあんどん

夏虫行燈

吉川 英治

「婦人倶楽部 別冊付録」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,200 字 · 37 页

青空文庫

二

と、軈ての快哉を――その八絃の夢が断れて、お小夜が怨歎する日の快さを――昨日も今日も、ひそかに待ちつつ、土用の休み日を暮していた。

二

もう今日は、虫干仕舞。蔵収めの日であった。

同時に、詮議の日数も、その日限り。

(分ったか。無い儘か?)

紛失した歌仙本の安否よりも――実は海野甚三郎の生死のわかれに興味を抱いて、平四郎は、その日から、城へ詰めた。

城内へ来てみると、いつぞやは知らない顔をしていた者も、今日は、公然と、

『盗賊は一体、外の者か、内の者か?』

『元より、外部の者だろう』

『いや、外部から忍び込んで、盗まれたとすれば、吾々も共に落度ではないか』

『下手人が城内にあるとすれば?』

『いう迄もなく、図書係りの甚三郎を疑うしかあるまい』

『だが、彼んな物を、盗んでどうするか』

『金になるさ』

『なるかな?』

『しかも莫大な金になる。上方の茶道具屋の手にでもかかれば、あの一枚でも、数百金に売れようというものだ』

などと、詰所を覗いても、何処へ行っても、首を集めてその噂に持ちきりの態だった。

紛失の歌仙本は、遂に、其日に至るも、下手人が知れなかった。

――そこで、城番の松野豊後守は、係り役甚三郎に、自決を促し、その由を、江戸表へ急報すると共に、彼も又、幕府のお叱りを待つ、となったのだ。