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なつむしあんどん

夏虫行燈

吉川 英治

「婦人倶楽部 別冊付録」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,200 字 · 37 页

青空文庫

三

事件は、そうして、その朝、全貌を衆に曝したのである。

――甚三郎が切腹する!

これも人々を驚かせたに違いない。

何処よりも真っ先に、彼の家には、夜明け方、使が走った。

萩井家へも、誰かが駈けた筈である。

(惜しい人間を――)

と、彼の才気や新知識を、哀傷む者もあった。

(才人才に溺る――じゃないかな?)

と、密かに、歌仙本の行方も、彼の所為らしく、疑いの目で見る者もある。

半日は、騒ぎに暮れ、午過ぎは、城内は重い空気につつまれ、夕方からは、城全体が、死ぬ者の死の座のように、冷ややかな夜気の中にあった。

その中では、誰も皆、踵が地につかないように歩いていたが、唯一人、高安平四郎だけは、終日、冷然と、乾門の番衆小屋に腰かけて、人の噂に口を入れなかった。

三

真夜半の九ツ刻(午前零時)――までには、もう一刻(二時間)ほどしかない。

正九刻に切腹と聞いているので、

(近づいて来たな)

と、口には誰も出さないが、番衆小屋の人々も、皆、無口になった。

どんな人間に対しても、その死となれば、日頃の憎悪や感情を超えて、誰もが、一種冷ややかな厳粛感に打たれてくるものとみえる。