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なつむしあんどん

夏虫行燈

吉川 英治

「婦人倶楽部 別冊付録」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,200 字 · 37 页

青空文庫

『承知しましたと云って、使を返して下さい』

『お品は』

『後から私が自身でお城まで持参いたします』

取次が去ると、彼女は、次の化粧部屋へそっと移った。

彼女は、鏡台に向って、眉を剃り、そして歯も染めた。

自分の所へ、死装束を取りによこしたのは、甚三郎もすでに、自分を妻として、検死や立会へ届け出たにちがいない。

(妻としてなら、死に際に、一目の別れを許して下さるかも知れぬ。……もしそれが能わぬ時は、せめて、死骸をここへ戴いて帰って来ましょう)

こう突嗟に思い出したからである。

お城までは、さして遠くもない。わざと仲間一人連れず、彼女は、甚三郎の死装束を、白木の衣裳蓋へ乗せて、心づよくも、歩いて行った。

病床にいる父へも、何も告げなかった。十太夫の容態は今朝から快くなかった。

まだ、杯も挙げないうちに、この悲嘆である、怒濤のような涙がこみ上げたがっていた。けれど、十太夫の娘だった。兵学教頭の家庭に仕込まれたお小夜であった。――もう胸には次の大事をいっぱいに考えつめていたのである。

(彼のお方に、邪な行がある筈はない。誰か、甚三郎様を墜し入れよう為に、計ったことじゃ、たとえ甚三郎様の亡い後も、きっと、その下手人を見出して、お怨みをお晴らし申しあげねばならぬ。