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なつむしあんどん
夏虫行燈
吉川 英治
「婦人倶楽部 別冊付録」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,200 字 · 37 页
二
それが私の生涯の勤めになった……)
大手へ行く町通りを避けて、乾門の搦手へ行く草原の中の町を、夜露に裾を濡らしながら、うつつに歩いてゆく彼女だった。
――すると、野中のひょろ長い樹の下から、誰か、人影がうごいて、彼女の後から近づいて来たかと思うと、
『小夜どの。小夜どの』
と、呼びかけた。
彼女は、何かしら、ぞっとした。
高安平四郎の声――とすぐ感じたからである。
二
城内から使の出た後、平四郎も又すぐ、
『躾みの一腰を差し代えて参ります故――』
と、立会衆の控え部屋へ断って、わが家へ、刀を取りに帰ったのである。
――だが、果して、それが目的だったか、又は、彼女をここに待ち受けるのが目的だったかは分らない。
然し、打ち見た所、平常の腰の刀とは、確かに違って、寸長な見るからに反打の烈しい刀を横たえては居た。
『どなたかと思ったら、平四郎様でございましたか』
『暫くお目にかからなかったが、今宵は計らずも、一生に、又とあるまじき、不思議な役目を仰せつけられた。――貴女も、この平四郎も』
『…………』
彼女は、胸に抱いている水装束の台へ、ふと、眼を落したが、
『貴方に、不思議なお役目とは?』