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なつむしあんどん

夏虫行燈

吉川 英治

「婦人倶楽部 別冊付録」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,200 字 · 37 页

青空文庫

――でも、油断のない男とみえて、服部太蔵がふと、

『おい、馬之助、馬之助』

と、連れの菅馬之助の耳を引っ張った。

ううむ……と寝呆け声を出して、何か、云いかける口を、叱っ、と抑えて、

『おかしいぞ。――おいっ、眼をさませよ。何か、庫裡の戸があいて、人声がするようだ』

と、囁いた。

漸く、菅馬之助も、首を擡げて、

『人声が? ……何処に』

『もう聞えなくなったが』

『耳のせいだろう』

『風の音にも、心を措くという奴だな』

『金儲けとなれば仕方がない』

『明日は立とうぞ。足もとの明るいうちに』

『だが、あれだけ持っていた所で、路銀がなくっちゃあ』

『今夜は、事が決まると云っていたから、明日はお見えになって、路銀もくださるだろう』

『……おやっ?』

『……?』

二人とも、喉に、唾を溜めた。みしりっと、廊下のきしみが、梁に伝わって、何か神経を尖らせられたからである。

――と。障子のすぐ外であった。

『馬之助。太蔵。路銀をやろう、顔を貸せ』

『――げっ?』

刎ね起きて、あわてて、大刀を抱えこみながら、

『だ、だれだっ』

『この辺の遊び人だ。顔を貸してもらいてえ』

遊び人と聞いたので、頭から呑んで、