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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

「だわよ、とござったな」増田は躯をねじった、「おめえのはどうだ」

「自分でみてみなさいな」

「めんどくせえや、心臓なんぞくたばっちめえだ」

「まあお待ちよ、乱暴だねえあにさんは、待ってったら」

増田は「あ――っ」といって、そこへごろっと横になった、「あにさん、か」

「どうしたの、そんなとこへ寝ちまっちゃだめじゃないの、風邪ひくわよ」

「あにさん、ときたか」

増田は眼をつぶったまま、くすぐられでもしたように含み笑いをし、よせやいと云った。

河口は帰って来なかった。良江は酒を冷やのままで、暫く独りで飲んでいたが、やがて立ちあがると、戸納から夜具を出してそこへ敷きはじめた。

明くる朝はやく、増田の妻が河口の住居へ来て、自分の亭主の仕事着を差出し、河口初太郎の仕事着を受取って帰った。

「男って酔うとしようのないもんだねえ、ほんとに」と増田の妻の勝子が云った。

「ほんとにねえ、男は酔っぱらうと子供も同然なんだから」と河口の妻の良江が答えた。

二人の会話はそれだけだった。心になにか思っているが口にはだせないとか、話し合えば気まずいことになるとか、そういう心理的な回避があったわけではない。