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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

だが、子供は決して自分の母のことを口にしないし、よその子の母についても話したことはない。小屋の中で寝ていて、夜なかに眼ざめたとき、あるいは父といっしょに街をあるいているとき、子供の顔にふとかなしげな、人恋しげな表情のあらわれることがある。子供はそのとき母のことを回想し、思慕の衝動を感じているのかもしれない。そうして、それをしいて抑制したり、がまんしたりするようすもないが、口に出して云うということもなかった。

父子がどこから来たのか、まえにどんな生活をしていたのか、この「街」の住人たちは誰も知らない。二人の名さえも知らないのである。父と子が小屋をそこに作ることを許した八田じいさん、――正確には八田公兵というのだが、初め男に姓名をたずねたところ、男は渋いような笑いをうかべ、頭のうしろを掻きながら、改まって名のるほどの者ではないから、と答えただけであった。

八田公兵も独身者であり、自分では事業家であると信じていて、休みなしに大きな事業をもくろんでは失敗する、ということを繰り返していた。事業家ともなれば太っ腹な人柄を備えなければならないから、八田はあえてなにごとも追及せず、小屋の地代もいらないと云った。