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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

の裏口をたずねる。これは、すし屋がどこよりも早く店を閉めるからだし、そこに容れ物が預けてあるためでもあった。

「あいよ、寒いね」とおかみさんなら云う、「今日はよく出ちゃったんでね、そこにはいってるだけしか残らなかったんだよ、勘弁しとくれ」

「よう、来たな小僧」とおやじなら云う、「そこにあるから持ってゆきな、生ま物は火をとおして食うんだぜ」

子供はおじぎをし、ありがとうと云う。それ以外には口をきかない、すし定のおやじはよく、うちへ小僧に来ないかと、まんざらからかいでもなさそうな調子できくが、子供はそれに対して一度も答えたことがなかった。預けてある容れ物というのは、ニュームの古鍋を三つに重ねたもので、下から上まで針金の枠が付けてあり、重ねたまま提げられるようになっていた。その鍋の一つは汁物、一つは野菜や肉や魚、残りの一つはめしとかうどん、そばなどを入れることにしていた。もちろんそれらがいっぱいになるようなことはたまにしかないし、野菜とか肉とか、めしうどんなどが、その原形を保っていることは殆んどない、汁物と形のややわかる物とに大別できればいいほうであって、かなり経験を積まなければ、それら内容物を判別することもたやすくはなかった。