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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
と子供が云った、「忘れてたけどさ、プールを作ろうよ」
はっきりそう云ったのだ。声にはちからがなく、少ししゃがれてはいたが、きみの悪いほどはっきりした云いかたであった。父親は泣くような表情で微笑した。
「そうだな、うんそうしよう」と彼は大きな声で云った、「なんでもきみの好きなようにするよ、やれやれ、これでようやくおさまったな」
子供の病気は峠を越したのだ。子供というものは生命力の強いものだからな、彼は明るい顔色になり、珍しいことに、鼻唄をうたいながら、七厘に火を焚きはじめた。
彼はニュームの牛乳沸しで、残飯の粥を作り、それを喰べさせようとして小屋へはいってみると、子供はもう冷たくなっていた。
その翌朝、ヤソの斎田先生が小屋の前を通りかかったとき、彼はビールの空き箱に腰を掛けたまま、ぼんやりと空を見あげ、手に牛乳沸しを持って、なにかぶつぶつ独り言を呟いていた。
「お早う」と斎田先生が呼びかけた、「坊やは元気かね」
彼は斎田先生を見あげたが、まったく知らない人を見るような眼つきで、けれども口では「ええ元気です」と答えた。
病気だとか聞いたようだが、もう治ったのか、と斎田先生がきくと、ええおかげさまでと答え、うるさいな、とでも云いたげに顔をそむけた。