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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
ロータリー・クラブのときも同様で、とつぜん「きみは神皇正統記を読んだか」と話を変え、それはなんですかと反問されると、「ちょっと使いにいって来てくれ」と云った。
「資金の調達でね」と先生ははにかんだような笑いかたをして云った、「これからはきみに頼むわけだが、なに簡単なもんだよ」
先生は壁へ掛けてあるモーニングのポケットから、使い古した大きな名刺を出し、こばのめくれを指で直しながら、A、B、Cと三新聞社の名をあげ、Aは局付きのなに某、Bは社会部デスクのたれ某、Cはこれこれと教えた。
「みんなぼくの後輩なんだ」と先生は云った、「この名刺を見せればわかる、金のことは云わなくとも話はわかってるんだ、いいな」
八田青年はあいまいに「はい」と答えた。
「それから、この名刺は持って帰るんだよ、みんな気ごころの知れた男たちだから心配はないだろうがね、名刺というものはとかく悪用される危険があるんだ、忘れずに持って帰ってくれ、いいな」
八田青年は三新聞社の住所と、訪問する相手のことを確かめてから、不安そうな顔つきででかけていった。――高さ一〇メートルの跳び込み台に立って、初めてダイビングをしようとする人間のような顔つきであった。