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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
おたねが退院し、かつ子はさらにいそがしくなった。退院はしたが、あと二週間の安静を命じられていたからだ。かつ子はこれまでの仕事と雑用のほかに、おたねのための病人食、――それは医者が献立表に書いてよこし、起きるようになるまでは、この食事表を必ず守ることと云われた、――を作り、身のまわりの世話をし、薬を取りにゆく、という用事がふえた。
「あたしにも運のいいことがあったんだね」おたねは病床でゆっくり手足を伸ばしながら、自分の幸運に酔ったような顔つきで云った、「――病院でしりつされるときは恐ろしかったけれど、なに、死ぬなら死ぬでそれもいい、死ねばあくせく稼ぐことはなし、ゆっくり休んでいられるんだからってさ」
「それがしりつがうまくいって」とおたねは続けた、「二十日の余も暢びり寝たうえ、まだ半月ちかくも寝ていろっていうじゃない、あたしゃものごころがついてこのかた、こんな仕合せなめにあったのは初めてだよ」
そういう言葉ではあらわしきれないような、深い人間味のある幸福感が、おたねの眼にいきいきと溢れていた。けれども、留守ちゅうのかつ子の労をねぎらったり、これから世話になることの感謝の気持は一と言も口にしないし、そんなことを心に思っているようすさえなかった。