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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

相沢は「た」と云いかけて絶句した。おそらく彼は、たったいまからと繰り返すつもりだったのだろうが、そのとたんに、屋台店の外で声がしたのだ。

「は、じ、め、さん」相沢はあぶなく腰掛から転げ落ちそうになり、するとのれんをあげて光子が顔を見せた。

「肉屋へ来た帰りなの、あんたの声が聞えたもんだから」と云ってお光は相沢のほうへ振返った、「あら、相沢さんもいらしったんですか、ちっとも気がつきませんでしたわ」

「ね、ぼくがそ云ったでしょう」と次のとき福田くんは焼酎のグラスを舐めながら云った、「光子のやつはなにもかも見とおしなんですよ、あのときだって本当は肉屋へいったんじゃない、ぼくたちの話を見とおしてやって来たにちがいないんです」

「おらああんなに吃驚したこたあなかった、生れてこのかた初めてだな」と相沢がいった、「おや、相沢さんもいたんですかって、振向かれたときには、ぎゅーっと力いっぱい眼をつぶったよ」

「眼をつぶったんですって」

「ああつぶった、あの人が眸を凝らしてじーっとみつめ、唇だけでにーっと微笑でもしたらって思うと、もうおっかなくてとても眼をあけてなんぞいられやしない、――思いだすといまでも」