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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
と老人は云った、「もし困ったらまたおいでよ、少しなら溜めておくからね」
そして、こんどは表からおいで、と云ったそうである。泥棒は財布を受取り、道具箱は置いてたち去った。
この事実は誰も知らなかった。半年だか一年だか経ったのち、その泥棒が警察に捉まったそうで、或るとき刑事に伴れられて、たんば老の家へ実地検証に来た。この家でこれこれのことをした、という自白の裏付けである。
「とんでもない、それはなにかの間違いです」たんば老は刑事の質問に対してそう答えた。「こんな貧乏長屋へ泥棒にはいる者もないでしょうし、うちではそんなことは決してありませんでした」
「ではこの男が夜なかに侵入したとか、金品を盗んだとかいう事実はないのですな」
「ええそのとおりです」老人は刑事に微笑した、「うちには盗まれるような物はなに一つありゃしません、その人は夢でもみたんじゃないでしょうかね」
この刑事との対談で、泥棒とのいきさつが知れわたったのであった。なるほどたんばさんならやりそうなことだ、おまけにあの泥棒は、たんばさんの一件だけ罪が軽くなるわけだからな、とここの住人たちは云いあった。