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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
このあいだも島さんは休みなしに話し続け、盃や取皿や箸をはこび、湯豆腐の具のはいったニューム鍋や、薬味汁の小鉢を四つ配り、それから燗のついた二合徳利を持って来て、ようやく自分の席に戻った。
「この湯豆腐はうちの自慢でね」と島さんは云いかけ、やあ、かんじんの鍋を忘れた、と立ちあがりそうにしたが、僕が取って来ましょうと、井河くんがすばやく立っていった。
三人は心の中で涙ぐんでいた。足が不自由で、顔面に神経痙攣の持病をもち、しかも陽気で明るく、紳士のような風貌の島くんが、あんな女相撲の大関みたような、ばかでかくて無神経で、冷血動物のような細君の暴慢な態度を叱りもせず、客をもてなすために独りで奔走している姿は、男同志として、平静な気分で眺めていられるけしきではなかったからだ。
「さあ、井河くんからいこう」島さんは徳利を持った、「この中ではきみがいちばん若いんだろう、松井くんはジュニアーがいたんだっけね」
「それは僕だ」と野本くんが云った、「松井くんは結婚して十年になるがまだ子供はない」
そしてむっと口をつぐんだ。
島さんは戸惑ったように、湯豆腐の鍋のかげんをみた。