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どんぐり

寺田寅彦随筆集 第一巻

寺田 寅彦

寺田寅彦『寺田寅彦随筆集 第一巻』。同一底本的分册已合并为一书。收入:どんぐり、科学者と芸術家、旅日記から、竜舌蘭、花物語、芝刈り、球根、簔虫と蜘蛛、ねずみと猫、物理学と感覚、先生への通信、病院の夜明けの物音、病室の花、丸善と三越、自画像、春寒、春六題、田園雑感、写生紀行、笑い、案内者、断水の日。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 203,161 字 · 412 页

青空文庫

したときに残るべきある物を感じさせるのであった。今でも覚えているがあのころここの書棚の前に立って物色している時には自分の目が妙に上づりになって顔全体が緊張するのを明らかに自覚した。そして棚のガラス戸におぼろげに映る自分の顔をひそかに注意して見た事もある。それからまたある時自分にしては比較的高価な本を買った時に応接した店員の顔がどこかにちらとひらめいたと思われた冷笑の影が自分に不思議な興奮を与えた事も思い出される。あのころには書物の値段は正札でなく一種の符徴でしるしてあった。もっともその符徴はたいていだれでも知っていたので、秘密の暗号でもなんでもなくただ数字の代わりにかたかなを使ったというだけのものであった。たとえばアンカナというのは一円二十五銭の事であったが、これが自分の頭によく残っている。イタリアの地名のようだと思った事があるからそのせいだか、あるいはこの符号のついた本を比較的に多く買ったためだか、とにかくこのアンカナの四字が丸善その物の象徴のように自分の脳髄のすみのほうに刻みつけられている。

昔の丸善の旧式なお店ふうの建物が改築されて今の堂々たる赤煉瓦に変わったのはいつごろであったか思い出せない。