轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

ふえふきがわのじょうりゅう(ひがしさわとにしさわ)

山の憶い出 上

木暮 理太郎

木暮理太郎『山の憶い出 上』。同一底本的分册已合并为一书。收入:笛吹川の上流(東沢と西沢)、奥秩父の山旅日記、釜沢行、秩父の奥山、利根川水源地の山々、秋の鬼怒沼 、美ヶ原、木曽駒と甲斐駒、黒部川奥の山旅、黒部川を遡る 、針木峠の林道 、春の大方山、三国山と苗場山、八ヶ峰の断裂 。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 284,014 字 · 565 页

青空文庫

東京との距離は直径にして百六十粁、即ち約四十里である。聖岳はこれより三里程近い。

然し赤羽台へ行きさえすれば、いつでも此山が見られるものと早合点されては困る。展望の季節は十二月から四月、稀に五月上旬迄であるが、此山の見える日は其間に二日か三日あるに過ぎぬ。多くとも五日を超えることは無いのである。

苗場山を始めて世に紹介したのは、恐らく『北越雪譜』の著者といわれている鈴木牧之であろう。文化八年に苗場山に登って「苗場山に遊ぶの記」という文を書いた。漢文ばやりの当時に、これは珍しくも仮名交り文で、支那流に誇張などせず、平易に率直に書いてある。殊に「爰に眼を拭ひて扶桑第一の富士を視出せり、其様雪の一握を置くが如し、人々手を拍ち奇なりと呼び妙なりと称讃す」というあたりは其時の喜びの有様が目前に浮んで来る。が、しかしこれは牧之の糠喜びで、苗場山から富士の見えないことは武田君が実証されたし、又八月に富士山が真白な筈もないから、雪の一握は多分雲を見誤ったものであろうと、これも武田君の話である。ともあれ私は此文を読んで以来、復た苗場山に強い執着を感じて、再遊の念禁じ難きものがあったにも拘らず、其後其山の麓近くを通ることはあっても、登山を果す機会が得られずに幾年かが空しく過ぎてしまった。