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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
見るものもないが、何も見られないボロボロ町が却って美しくさえあった。高峰三枝子も堀の小説を愛読し、歿後もずっとたえ子夫人とのつきあいが続いていた。この頃、お会いした香川京子も、たえ子夫人から聞くと、やはり堀の本が好きで、追分の家まで訪ねて行ったそうだ。たとえばこの二人の佳人がその例にすぎないが、作家が女の人にあいどくされるということは、どこかに通うている血が感じられるのである。その他、毎年いまだに堀の好きな田舎の山菜を根気好くおくりとどける、一女性もいた。堀が死んでいるのに八年間もそんな贈物をしているということは、どんな事がらに属するだろう、私はそこにある人のこころを尋ねて見たいのだ、人は人によってこころの細かさが違うものである。八年間も物をおくりとどけるということは、その人がそのこころに置かれた言葉をおくりとどけて来ることなのである。手紙なのだ。
×
僕は歩いてゐた
風のなかを
風は僕の皮膚にしみこむ
この皮膚の下には
骨のヴァイオリンがあるといふのに
風が不意にそれを
鳴らしはせぬか
×
硝子の破れてゐる窓
僕の蝕歯よ
夜になるとお前のなかに
洋燈がともり