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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
あれから十七、八年になり、間もなく結婚されたように聞いていたが、幸せでいられることを私は疑わない。私はつねに男であるために幸せは其処らを掻き廻しても、捜り当てられる気はしているが、女の人にも何が何でも幸せだけは捜り出して貰わねばならないと考えている。……
私は戦後、暮鳥の詩集が出版されるたびに、乞われて解説序跋の類を四たびも書いていたが、今度の小伝で五度それを繰り返している。一人の詩人のために五度も序跋を書くということは稀れであり、私自身に取っても初めてのことであった。因縁も深いが暮鳥の著書にそれを加えるに、適任者がないためであろうと思うた。昭和三年の暮鳥詩集(厚生閣書店)には、「暮鳥は牧師の聖職に従うてゐたが、寧ろ暮鳥は芸術的宗教を奉じた側の人だつた。彼が牧師を辞したことは文学の中にあるもので、宗教にまさる真実を発見したためであらう。彼の終始した宗教、その耶蘇教的偽瞞の中にすら多くの真実は最後まで彼をとらへ、彼を憂鬱にしたことも実際であつた。宗教をいとうた彼の生活も所詮文学表現の上では常に一つの思想としての宗教であり、目標としてゐた。だから彼の生涯の中で絶えず明滅されたこれらの灯しびは、或ひは点り、或ひは消え失せ、或ひは迷はせ、或ひは混雑を来らしてゐた。