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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
千九百十年前後の私はその窓を見上げて、ふざけていやがるという高飛車な冷たい言葉さえ、持ち合わすことの出来ないほど貧窮であった。こういうアトリエに住んでみたい希みを持ったくらいだ。四畳半の下宿住いと、このアトリエの大きい図体の中におさまり返って、沢庵と米一升を買うことを詩にうたい込む大胆不敵さが、小面憎かった。
高村にはちっとも関係も意志もないことだが、私のほとんどの日が、このアトリエの前を通り、内部にあるかれの生活と私のそれとの比較が行われ、毎日遣っ付けられ毎日項垂れて通ったわけである。私はどのようにして自分のみじめさを救ったらいいかという考えの果に、やっと高村光太郎を正式に訪ねることで、かれの知己を得ることによって心の平明をとり入れたいと思った。いちどでも、このアトリエの中に客として坐りこめば、あんなに厭な気分でこの通りを歩かないで済むだろう。そして高村と友人関係になればかれに持つ嫉みも何もなくなるのであろうと思った。
私はある日二段ばかり登ったかれの玄関の扉の前に立ったが、右側に郵便局の窓口のような方一尺のコマドのあるのを知り、そこにある釦を押すと呼鈴が奥の方で鳴るしかけになっていた。