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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

11 第十一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 186,659 字 · 372 页

青空文庫

だから秀吉は、今もって、およそおくびにも、義父の思い出ばなしだけは、口に出したことがない。母はもちろん、秀吉の心を知っているので、これも彼の前では、語ることなく、ただ忌日命日には、そっとただ独りで、持仏堂には、花をあげて、坐るぐらいなものだった。

「秀長。こんどの四国攻めには、ひとつ、お汝がわしの名代をして渡ってみい。――秀次も、手伝え。秀長を援けて」

きょうの評議は、秀吉のこの一語で、結びがついた。

午すぎから夕刻近くまでにわたる議題はことごとく、四国入りの配備と進撃の手順だった。

長久手の合戦には、秀次に三河入りの総将を命じて、大失敗をまねき、為に、秀吉は深刻な後悔をなめたはずだが、いままた、肉親の秀長に、四国入りの総帥を、敢えて、こう任命した。

「かしこまりました」

秀長は、ことば短く、ひきうけて、一礼した。諸将の眼は、彼の姿と、座中にある一枚の鳴門海峡の絵図面とに集まった。

淡路の福良港には、ここ十日ばかりの間に、大船、小船が何百艘となく、結集されていた。――海は五月の色の深さ。

試みに、数えてみると、小船百三艘、大船は五百八十余艘もあった。