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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
08 第八分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 192,758 字 · 383 页
ものが、重厚に陣列をかさねて、いわゆる一触即発の幾時間かを、むなしく湿地の暑熱に蒸されて戦機を待っていたものだった。
これはもちろん秀吉の来着と、その命令一下を待っていたもので、はや味方の山之手隊が、天王山を占領したとも聞えていたので、この方面の将士は、なおさら武者ぶるいして、
「いったい、本軍は何をしているのだ」
と秀吉の着陣が遅いことを罵りたいばかり歯痒がっていたのである。
一面、御坊塚に本陣をおいていた明智光秀は、疾く天王山へさし向けた松田太郎左衛門の討死、またその部隊の全面的な敗退を聞いて、
「遅かったか」
と、自己の指揮が、時を誤っていたことを、まずみずから責めていた。
そこの一高地を、味方の勢力下に置いて戦うのと、敵の手に委して決戦に臨むのとでは、作戦上、重大な相違を来たすぐらいなことは、もとより彼も充分に知っていた。
けれど、これへ進出するまでの間に、光秀は、その機を掴む寸前において、三つの「未練」に惹かれていたのである。未練とはいわゆる決断を鈍らせる迷いにほかならない。
一は、筒井順慶との会約にひかれ、むなしく洞ヶ嶺に一夜を焦躁して送ったこと。