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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

08 第八分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 192,758 字 · 383 页

青空文庫

薫香散

「主君信長公の不慮の御他界は、おたがい何とも痛哭のほかはないが、すでに事定まった今日となっては、偏にお跡目を正し、御遺業をうけついで、御在世の日にまさる忠勤を励ましあうこそ、臣下の道でもあり、また一尊霊をなぐさめ奉ることとも存じて……かくは今日」

と劈頭に、議長格の柴田勝家から、主君を悼むの辞やら、爾後の報告などがあって後、

「さて、それについて」

と、予定の議題が、これも彼の発言の下に、提出されたものだった。

即ち、その一は。

(御遺族のうち、どなた様をもって、お世嗣とお定めするか)

の問題であり、二には。

(旧明智所領の配分如何)

であった。

まず第一の重大懸案について、勝家から列座一同へ、

「御意見もあらば」

と、訊ね。

「ほかならぬ儀。あとでとやかくのないよう、腹蔵なくお考えを述べられたい」

と再三にわたって、諸侯の発言を求めたが、誰も、顔見あわすのみで、押して私見を披瀝する者もない。

ないのは当然であった。

この場合、もし軽率に、自分の思うところを主張しても、万一結果において、その反対な立場の者が、織田の相続者として擁立されることにでもなれば、当然、その発言者の前途は危険なものにならざるを得ない。